より安全性の高いインターネットを目指して。
米ハーバードとMITの研究チームが「量子リピーター」ぽいシステムを開発したそうです。量子インターネットの実現に向けて、小さいけれど大事な一歩を踏み出しました。
量子時代の幕開け
「量子」とは原子、光子や電子など、波と粒子の性質を併せ持つ極小の物質。ひとつの量子で複数の状態を同時に表現するかさね合わせや、複数の量子が離れていても互いに影響し合うもつれ合いなど、量子力学における特殊な法則が明らかになっています。
従来型のコンピューターや情報機器は「0」か「1」のどちらかの状態を表す「ビット(bit)」を使っていますが、自然界に存在する光子や電子はかさね合わせにより「0」と「1」両方の状態をひとつの量子ビット(Qubit)で同時に表します。しかも、もつれ合わせの法則により、離れていてもビット同士が影響し合い、瞬時に同期するというふしぎな挙動も確認されています。
これらの性質を利用した量子技術を暗号システムに応用すれば、解読不可能な「究極の暗号」を作ってインターネットの安全性を高められます。センサーに応用すればGPSに頼らなくても正確な位置を把握できるようになりますし、従来のコンピューターでは時間がかかりすぎて解答できなかった問題が解けるようにもなる!と多方面から量子技術に期待が寄せられているのです。
量子ネットワークの課題
でも量子を制御するのは難しく、まだ実用域には達していません。
実用化のカギとなる課題のひとつに長距離間の情報通信があります。量子情報をより遠くまで伝送できれば、将来的に量子暗号、量子センサー、さらには分散型量子コンピューターの開発にもつながると期待されていますが、量子ネットワークにはまずリピーター(中継装置)やトランスデューサー(変換器)などの開発が必要。
その「量子リピーター」開発の先駆けとなる原理証明研究が3月23日付で発表されました。
従来のリピーターはLANケーブルを伝わってきた電気信号を測定し、増幅して伝送距離を延長する働きをしています。情報はこのようにして世界中に送られています。量子ネットワークも基本的には同じですが、扱うのは電気信号ではなく単一光子なんです
とハーバード大学院生で物理学者のMihir Bhaskarさんは米Gizmodoに語っています。
量子情報のやりとり
では実際どうやって光子に情報を運ばせるのでしょうか。
単一光子を光ファイバーケーブルで送ると、せいぜい数キロで減衰してしまうそうです。だから、町ひとつ離れた接続ポイント間で情報をやりとりしたい場合は、途中でリピーターを使ってA地点から送られてきた情報を読み取り、増幅してB地点に送る必要があります。ところが、量子情報は読み取られる(測定される)と同時に破壊されてしまうという特殊な性質があるので、従来のリピーターのようにはいきません。
そこで、ハーバードとMITの合同研究チームがリピーターのような働きをする「中央接続ポイント」を開発し、光子が配送される距離を半分に減らしました。ざっくり説明すると、まずマイナス273℃(ほぼ絶対零度ですね)に冷やされた希釈冷凍機内に特殊なダイヤモンドを設置しました。このダイヤにはあらかじめ炭素原子2個がシリコン(ケイ素)原子1個に置き換えられた空孔があり、この空いているところに光子の量子状態を保存できます。
このシステムにA地点から単一光子が送られてきます。光子の量子状態がダイアモンドの空孔に保存されている間に、B地点から別の単一光子が送られてきます。ふたつの光子はダイアモンド内にいる間にもつれ合い、同期されることによりふたつの量子にしか読み取れない暗号鍵が作られるので、その暗号鍵を使って光子間で情報を暗号化したり解読したりできる、という仕組みなのだそう。
とても複雑なので、詳しくは『Nature』誌に掲載された研究もご参照ください。
賞賛の声
今回開発された中央接続ポイントは、A地点からB地点に直接量子情報を伝達するわけではないとBhaskarさんは説明しています。しかし、いずれは直接伝達できるように、まずは光に貯蔵された量子情報をほかの光子とやりとりできる中継地点の開発が不可欠でした。今回の研究はその中継地点でのやりとりを原理証明できた点が大きな成果でした。
次のステップとして考えられるのは、A地点から中央接続ポイントに量子情報を送り、それをB地点に送ること。さらに、中央接続ポイントの数を増やして伝送距離を延ばすことだそうです。
まだラボ内に設置された希釈冷凍機という限られた空間で実験しただけで、現段階ではまだまだ実用化にはほど遠いようです。実用するには光ファイバーケーブルに適した波長にチューニングする必要もあるのだとか。
それでも、同分野の研究者たちからは賞賛の声が上がっています。カルガリー大学内の量子科学技術研究所長、Barry Sanders氏は、同研究が量子メモリを実証し、ふたつの光子のもつれ合いを測定できたことに言及して「興味深い原理証明だ」とのコメントを米Gizmodoに寄せています。ただし、実用化に向けてのスケールアップはまだ遠いとのこと。
ノースウェスタン大学内のCenter for Photonic Communication and Computingに所属するPrem Kumar氏も、実用化にはまだ遠いと前置きしたうえで、量子リピーターの開発に向けて重大な一歩だと語っています。
量子レース
量子インターネットの実現に向けて、世界中の研究者が先を争って多様な研究を展開しています。米シカゴとボストンでは単一光子を短距離配送するのに適した新しい光ファイバーケーブルを開発したと発表しました。
いまや量子技術の関連特許数においては世界一を誇る中国も、中国科学技術大学の物理学者・Jian-Wei Panを筆頭に量子技術の開発に余念がありません。中国は2016年に世界で初めて量子暗号衛星「墨子」を打ち上げ、すでに「墨子」を中継して離れたラボに貯蔵された光子をもつれ合わせ、量子情報を通信することに成功しています。
これらの研究すべてがパズルのピースのように合わさった時、未来の量子インターネットが完成する──。とはいえ、その未来はまだまだ遠いとKumar氏が米Gizmodoに語っているとおり、前述のトランスデューサーの開発含め、今後クリアすべき課題は山積しているようです。
2020-04-01 14:00:00Z
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