あなたなら、どんな絶滅種を蘇らせたい?
恐竜やマンモス、ドードー、ニホンカワウソなど、動物を生き返らせたい人は多いはず。一方で、植物を蘇らせたいと願う人も少ないながらいます。
そんな夢のようなこと……と思うかもしれません。しかし、いまや遺伝子工学は絶滅種を復活させるまでに発展しています。実際2千年前のナツメヤシを種から育てたり、氷河期の花を現代に咲かせる試みはすでに成功しています。絶滅した植物を蘇らせるメリットとしては、新薬の開発や遺伝子プールの多様化が指摘されています。
そもそも人間が絶滅に追いやった動植物が多いのにも関わらず、これまた人間の勝手な都合でそれらの動植物を復活させていいんだろうか?という倫理的な問題はあります。
また、自らのクローンを作り出したり、自家受粉により単体で子孫を作ることができる植物にとって、「死」や「絶滅」は動物のそれとは意味合いが異なるような気もします。植物は、たとえ紅蓮の炎に焼かれても、地中に種子や根などが残ってさえいればタイミングを見計らってまた再生できるのですから。
そんな、まだまだ謎が多い植物たちの研究に勤しむ人々がいます。
以下、米Gizmodoの記者・Jed Oelbaum氏の詳しいレポートです。
滅びた命の再生。
映画『ジュラシックパーク』しかり、イエス・キリストの復活しかり、死をまぬがれ、自然の摂理をくつがえし、過去に葬り去られたはずの生命の謎を解き明かすことは、人類が見果てぬ夢のひとつではないでしょうか。
マンモスを生き返らせようと研究を進めている科学者もいます。マンモスの遺伝子からクローンがつくり出され、毛むくじゃらな赤ちゃんが現代に生み落とされ、それがおぼつかない足取りで氷上をさまようーーそんな光景が現実になる前にまず、マンモスであれ、アメリカリョコウバトであれ、滅びた種を人間が生き返らせていいのかを議論する人たちもいます。
しかし、とっくの昔に絶滅した植物を生き返らせたい人はあまりいません。絶滅した植物をひとつでも知っている人は稀ですし、さらにそれについて研究したい人はもっと珍しいのですが、カリフォルニア大学サンタクルーズ校助教(生態学・進化生物学)のRachel Meyerさんはそんな植物派のひとりです。
失われた果実
冒頭の「絶滅種を蘇らせるなら、どれがいい?」という問いには、答えがたくさんあり過ぎてなかなか選べないものの、Meyerさんのイチオシはシルフィウム(silphium)だそうです。古代ローマ人に愛され、食材、香料、そしてセクシーな薬として生活に欠かせなかった謎の植物。BBCによれば、重宝されたあまりに「 過剰収穫と過放牧」が祟り、およそ二千年前に絶滅してしまったとか。
ほかにも、かつて古代エジプト人も食べていたという甘くてジューシーなメロンの品種も現代に復活させたい、とMeyerさんは米Gizmodoに語っています。このメロンがあまりに美味しかったので、あるルネッサンス時代の教皇は食べ過ぎて命を落とした伝説さえあるのだとか。
古代にはおいしい植物がたくさんありました。なんで失われちゃったんだろう?と思います。
インドのアーユルベーダの古典には現代にはないナスの品種が記載されていますし、色・味・香りがそれぞれ異なるニンジンの絶滅種は、食べるだけでなく儀式用に使われたり、薬として、また防腐剤としても重宝されていたようです。
これらのような絶滅した植物種は、文献にも幅広く登場しているのに関わらず忘れられてしまう傾向にあるので、その前に現代に復活させたいと思っています。そして、復活させる技術がいま、現実になりつつもあります。
とMeyerさんは話してくれました。
植物を蘇らせるメリット
たしかに、恐竜時代のシダがこんもりと生えている光景よりティラノサウルス一頭のほうがはるかに迫力がありますが、絶滅した植物を蘇生することには理論的なメリットが。自然保護活動家にとっては、失われた生物多様性を現代に蘇らせ、過酷な環境下で生き抜いた古代の植物がどのような特性を身に着けていたかを知る千載一遇のチャンスなのです。
地球上に存在した種の99%以上はすでに絶滅しているというデータもあります。大量に蓄積された絶滅種の遺伝子プールの中には、きっと有用な遺伝子もどこかに隠されているはずで、新たな食糧源や薬の開発にもつながると期待されています。遺伝子操作技術、そしてゲノム情報を復元する技術の進展により、こうした過去の失われた遺伝子プールから宝物を掘り出すことが徐々に可能になってきています。さらに言うなら、何世紀も前に絶滅した植物を蘇生した例もすでにあるのです。
再生された氷河期の花
2012年には、ジリスが3万年以上前にコリマ川のほとりに埋めた果実と種子から、氷河期時代の花を咲かせたとロシアの研究チームが発表しました。いまでもシベリアのツンドラに白く可憐な花を咲かせるスガワラビランジの祖先にあたるこの植物の種子は、永久凍土層に凍った状態で残されていたため、それ自体は発芽しませんでした。しかし、研究者たちは同時に発見された果実から採取した胎盤組織を培養し、植物に育てることに成功。世界でもっとも古い植物の再生を果たしました。
この研究により、再生されたスガワラビランジは現代のものとは違う遺伝子の表現型を持っていることがわかりました。さらに、永久凍土が「とうに地球上から消えた古代の生物の遺伝子の宝庫」であることも確立されました。
ユダヤ戦争を生き延びたナツメヤシ
この研究以前、再生された植物の中で世界最古の記録を持っていたのは「メトシェラ」と名づけられたナツメヤシでした。イスラエル東部の砂漠にそびえ立つ要塞・マサダから出土した2千年前の種子が、2008年に科学者の手によって見事息を吹き返したのです。発芽した種子としては、いまでも世界最古の記録保持者と言えるでしょう。
「イスラエルの遺跡では、庭があるところに必ずといっていいほど医療施設が併設されています。だから、発掘現場にはどんなナツメヤシの種子が混ざっているかわかりません」と話すMeyerさんは、マサダのナツメヤシの葉から遺伝子情報を抽出し、DNA配列を解読したそうです。
2020年2月には新たに6個の種の発芽に成功したとScience Advances誌に報告されており、「これら古代のナツメヤシの果実は、その品質・大きさ・優れた薬効性などについて古代の文献に記されていたのにも関わらず、何世紀も失われていた」と指摘しています。
おそらく、メトシェラは戦時中にマサダに篭城していたユダヤの戦士たちにとっては必需品だったのでしょう。そんな価値あるものが現代に蘇ったことに壮大なロマンを感じます。
種子の寿命
けれども、メトシェラのように貴重なナツメヤシを蘇生できたのは「宝くじを当てるぐらいラッキー」だとユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの植物考古学者、Dorian Fullerさんは指摘しています。歴史上いくら興味深い、または価値が高い植物を蘇生したいと思っても、その種子を探り当て、かつその中から発芽能力がある種子を見つけ出すことはたしかにむずかしいだろうことは想像できます。
Fullerさんによれば、種子のような有機的な物質は本来なら「他の動物によって消費され、リサイクルされる」もの。しかし驚くべきことに、植物考古学の研究対象となる古代の植物はほとんどが黒こげに焼かれたことで保存が効いたのだとか。燃えて炭化した種子は腐敗せず、動物たちに食されないだけでなく発芽もしなくなるから、かろうじて現代に残されたというのです。
すなわち、メトシェラのような種子は幸運な事故だといってもいいでしょう。砂漠の極端な気候や永久凍土、泥炭湿原、湖の底の粘土層など、非常に厳密な環境下でしか種子は生存しえないのです。さらに、たとえこれらの好条件がそろっていたとしても、ほとんどの種子はいずれ欠損したり、時間が経つにつれて生命力を失っていきます。
農業と科学のために生物多様性を保存する目的で種子バンクが作られたのはせいぜい一世紀前。そこでも「ほとんどの種子は10年程度しかもたない(Fullerさん談)」ため、定期的に栽培して新たな種子を手に入れなければなりません。時間も場所も限られているなかですべての種子を栽培することは非常に困難なため、すでに絶滅してしまった植物の種子が保存されていたとしても、栽培されないまま生存力を失ってしまっているケースが多いとFullerさんは指摘しています。
それでもFullerさんは、絶滅した植物種は人類にとって未開発の資源だと言います。メトシェラのような古いタネを蒔いて植物を再生させるやり方はあまり効率的ではないので、彼が注目しているのはCRISPR-Cas9やDNA復元に使われるゲノム編集技術。これらを駆使すれば、「理論的には古代の植物から遺伝子情報を抽出し、現代の種子に挿入することも可能になる」とFullerさんは説明しています。
気候変動にもへこたれない作物
Fullerさんは、絶滅した穀物を復元する研究に携わっています。
すでに失われてしまった穀物の品種、また、以前は栽培されていたがメジャーでなくなってしまった品種を現代に蘇らせる試みには大きな価値があります。
なぜなら、昔から伝統的に栽培されてきた品種、すでに廃れてしまった品種、さらには栽培されなくなった作物種には、気候変動など環境の変化にすばらしい抵抗力を持っているかもしれないからです
と研究意義について語っています。
過去100年間の農業のあゆみを俯瞰してみると、灌漑技術が発達し、より人工肥料に依存するようになって作物収量が劇的に上がったと同時に、遺伝子多様性が損なわれてきました。このような状況下で、農業は資本設備への依存度が高くなりすぎて持続不可能になってしまい、疫病・害虫・天変地異などへの抵抗力も失われつつあるそうです。
地球全体が記録的な猛暑に見舞われている今、気候変動はすでに世界中の農家に惨劇をもたらしています。そこで、昔ながらの作物種を復興すれば、現代の品種にはない抵抗力が得られるかもしれないというのがFullerさんの研究の粋なのです。
研究の一環として、Fullerさんが所属していた研究チームは古代ヌビアで育てられていたオオムギの種子から遺伝子情報を復元しました。このオオムギの品種は、スーダン北部など、アフリカでも特に暑い気候の土地で何千年も栄えたのち、中世時代前にこつぜんと姿を消してしまったそうです。
Fullerさんたちはまずオオムギの種子をすり鉢で粉砕し、得られた粉末から一連の化学反応によりDNAを抽出・精製することに成功。その際、ほかの種子などが混入してコンタミネーションが起こらないよう細心の注意が払われました。
ちなみにコンタミはすべての古代生物を研究する人が注意しなければならない点。1967年にはある研究チームが更新世までさかのぼる古い種子から花を咲かせたと発表したのですが、2009年になってコンタミが判明。分析の結果、一見古代のものと思われた種子はまるっきり現代のものだとわかったそうです。
話をヌビアのオオムギに戻しましょう。DNAの配列が解析されると、古代のオオムギの姿がより鮮明に浮かび上がりました。結果的にFullerさんたちは現代のオオムギには見られない遺伝子クラスターをいくつも発見し、これらが水代謝に関連しており、おそらく乾燥に強くなるための適合だったと推測したそうです。
「理論的には、これらの遺伝子クラスターを操作して現代のオオムギのDNAに注入し、オオムギが超乾燥した気候にも適合できるかどうか試してみることもできます」とFullerさんは話しています。
DNAのもろさ
しかし、古代植物のDNAを現代の子孫に注入する方法は、失われた生物多様性を復元するうえで有効な手法のようにも思えますが、いざ実用化するとなると限界があるようです。
たとえば、ニューヨーク州北部の町・ギルボアで発見された通称「ギルボアの木」の実物を見たり、研究してみたいという人は多いはず。ギルボアの木はデボン紀に栄えた巨大なシダのような樹幹を持つ植物で、およそ3億8500万年前のものと思われる根っこの化石群にて発見されたものです。イメージで言えば「ナウシカの研究室で育てられていたシダ」のような植物でしょうか。
けれども、DNAは時が経つとともに劣化してしまうので、現代に復元するにはギルボアの木は古すぎるのです。デボン紀にさかのぼる植物はすでに石化して石の表面に刻まれた模様となってしまい、もとは植物を構成していた葉も、茎も、細胞も、DNAも、すべては鉱物と入れ替わってしまいます。
どれぐらい古い生物からDNAを採取できるかの限界は、まだよくわかっていません。研究が進むにつれてどんどん古いDNAをつなぎ合わせてゲノムを復元する試みが成功しています。2019年には170万年前のサイの歯からDNAを抽出することに成功したチームもいましたが、Fullerさんによると植物の場合はそううまくいかないのだとか。
いままでで一番古かった植物DNAは、グリーンランドで掘り出された30万年以上前の凍りついた堆積物コアの中から見つかりました。氷に閉ざされていない地域では、せいぜい数千年前の植物DNAが見つかればいいほうだとFullerさんは言います。比較的保存が効くと思われる砂漠地帯でも、「6千年前以上前の植物DNAは見つからないだろう」とFullerさん。いまは砂漠でも、その昔は水が豊富にあっただろうと思われるからです。
しかし、たとえ数千年以上前の植物DNAを見事復元できたとしても、絶滅種のDNAを現代の種子に植えつける試みはFullerさんの知る限りでは現在行なわれていないそうです。どうしてなのか聞いてみると、彼の答えはこうでした。
まず、決して安くはないから。それと、作物の品種改良を行なっている農学や作物栽培学といった学問は、古代作物のDNA配列を解析している学問とはかけ離れており、お互い連携していない。
いまのところ、古代の植物のDNAを復元する作業は技術的におもしろいことができないか探求しているに過ぎませんね。
幻のハイビスカスの香りを再現
その一方で、古い植物のDNAを使って実際技術的におもしろいことにつなげた試みも。
ボストンにある合成生物学ラボ「Ginkgo Bioworks(ギンコー=イチョウ)」は、2019年に絶滅した植物の花の香りを再現したと発表しました。ふたつ再現された香りのうちのひとつは、かつてハワイ島に自生していたハイビスカスの種類(Hibiscadelphus wilderianus)で、Ginkgo Bioworksのウェブサイトによれば、植民地統治が始まってから過放牧により絶滅に追いやられてしまい、「最後の木が瀕死の状態で見つかったのは1912年」だったそうです。
プロジェクトの陣頭指揮をとったGinkgo Bioworksのクリエイティブディレクター・Christina Agapakisさんによれば、すべては「絶滅した植物のにおいを嗅ぐことは可能か?」という問いから始まったそうです。プロジェクトには「合成生物学なしでは体験できないことをアートを通して感じてみる」という意味が込められており、「すでにいなくなったものの記憶が幽霊のようにふっと現れる」、そんな偶然の出会いを表現したかったのだそうです。
Agapakisさんは生物学者ですが、科学アートのカリスマ的存在でもあります。2013年にはヒトの足のうらとわきの下から採取したバクテリアを培養したチーズを作ったそうで…!
ハイビスカスの香りを再現する研究のほうは、「これだ!」と思える植物の種とサンプルに出会うまでに数年を費やし、最終的にはハーバード大学の植物標本室で見つけたハイビスカスの葉をちいさく切り取って遺伝子情報を抽出したそうです。解析したDNA配列を現存しているハイビスカスのDNA配列と比べることで、花の香りを作り出す化学成分をコーディングした遺伝子を特定したそうです。
香りの遺伝子はそのまま現存するハイビスカスには移植されず、イースト菌のゲノムにリプログラミングされたのもポイントでした。遺伝子を組み替えられたイースト菌は、糖分を摂取すると香りの成分を放出するように。イースト菌が作り出した香りの成分は科学的に分離して溜めることも可能で、「集めた液体を精製することもできました」とAgapakisさんは話しています。
しかし、香りの成分を精製するまでがゴールではありませんでした。そこから先は香りを専門とするアーティストのSissel Tolaasさんとのコラボレーションを展開。Tolaasさんが何種類かある香りの成分を配合して、幻のハイビスカスの花がどのような香りだったかを想像しつつ、最終的な香りを表現したそうです。こうしてできあがった香りは、フローラルというよりはウッディで、そこはかとなく樹液を思わせるものだったとか。
科学と想像力によって表現された幻のハイビスカスの香は、どれほど真実に近づけたのでしょうか。もし絶滅する前のハイビスカスを知っていた長寿の方が嗅いだなら、昔の記憶を呼び覚ますことはできたのでしょうか。
隠された薬の宝庫
Ginkgo Bioworksで行なわれたハイビスカスプロジェクトは、ある重要点を浮き彫りにしています。過去のものとなってしまった果実の味を知ったり、花の香りを嗅いだりするのに、その植物をまるごと再生する必要は必ずしもないのです。
理論上、香りでなくとも樹脂・毒素・分泌物など、人間にとって有益となるものだけを植物のDNAの配列から読み取って部分的に再生することは可能だということになります。だとしたら、すでに絶滅してしまった植物はもしかしたらまだ誰も見たことのない薬の宝庫なのでは?
この問いをアメリカ国立がん研究所のBarry O'Keefeさんに投げかけたところ、「すばらしい可能性だと思う」との答えが。O'Keefeさんは植物を含む生物からの原料を採取・収集して検査し、がん治療に役立つ化学成分を見つけ出す研究をしています。
ただ、すでに絶滅した植物に関しては、とくに過去の遺伝子プールを探ってまで新薬の開発をする意義は見当たらないとも。第一、現存している植物をあたったほうがよっぽど簡単に採取できますし、現存している植物でさえすべてを網羅できていないのが現状です。
ふたつめに、植物が絶滅してしまう理由は多様で、まったく人に知られておらずとも有用な植物はたくさんあるのでしょうが、確率論からすれば絶滅した植物のうち有用なものは少ないと考えられるからだそうです。もし人間にとってなんらかのメリットを持つ植物であれば、すでに栽培されている可能性が高まるから、というのがO'Keefeさんの考え方。この考え方を応用すれば、Meyerさんが冒頭で語っていた古代インドのナスやニンジンについても、絶滅前にすでに栽培されていた種をあたったほうがおいしいものを探す確率が高まりそうです。
O'Keefeさんいわく、
もし絶滅した植物を再生した場合、それが薬品開発に役立たないとは必ずしも分からない。けれど、どの植物を再生すればいいのか選び難いし、どの植物が有用なのかを事前に知ることも容易ではないでしょう。
といいつつも、人間に有用な特製を持つ植物を再生できたら非常に有利だと思います。そのようなことができると知っているだけでも安心につながります。
たとえば、今後ある自然成分を作り出せない事態に陥ったとします。その自然成分を作り出せる植物を再生できたり、その自然成分を作る遺伝子情報を取り出せたとしたら、非常に有利でしょう。そういう意味で、Ginkgo Bioworksの香りのプロジェクトは優れた原理証明実験だと思います。
反絶滅という考え方
もちろん、想像力で補われたGinkgo Bioworksのプロジェクトは正確性にこだわっていませんでした。絶滅したハイビスカスの香りそのものを再現したわけではありませんし、それが目的でもありませんでした。
そして、絶滅種の再生――それがたとえ果実であれ、香りであれ、マンモスまるごと一頭であれ――は、遺伝子をコピーしただけでは決して成功しないのです。
たとえ完璧なクローンを作り出したとしても、元となった生き物とは違う新しい生き物になります。どんな生物も孤立しているわけではなく、環境とほかの生物との関係性に持ちつ持たれつ生きているからです。
「なにを正当なコピーと認めるかにもよりますが、一度絶滅してしまった種を蘇らせることは二度とできないでしょう」と断言するのはBeth Shapiroさん。『How to Clone a Mammoth: The Science of De-Extinction(直訳:マンモスをクローンする方法:反絶滅の科学)』の著者であり、カリフォルニア大学サンタクルーズ校で「パレオゲノミクス」という絶滅種のゲノム情報の再構築と分析に携わる新しい科学分野をリードする科学者です。
単に絶滅種のクローンを作っただけでは「絶滅種の再生」と言えない。しかし、その同じ技術を使って、今絶滅の危機に瀕している種を保護できるポテンシャルは非常に高いだろうと、Shapiroさんは米Gizmodoに語っています。
DNAの配列からゲノム情報を読み取り、どの遺伝子がどのような行動や物理的な特徴につながっているかを解析できれば、絶滅に瀕している種が気候変動に対応できるよう、遺伝子操作して改造してあげることも理論的には可能です
とも。
そもそも、Shapiroさんにとって絶滅種を再生する一番の理由は、今絶滅しそうな生物の窮地を救うためだそうです。「たとえば、ある生物が絶滅したことにより生態系が不安定になったとします。そしてその不安定な生態系が連鎖反応のようにさらに多くの生物を絶滅の危機にさらしたとします。そういう時に、最初に絶滅した生物を再生して再野生化(リワイルディング)できればとても意義があると思います」と語っています。
興味深い内容ではあるものの、自然への介入は思わぬ結果を生み出しかねないと米国立がん研究所のO'Keefeさんは忠告しています。
「まず倫理的な問題を考慮しなければならない」としたうえで、一度絶滅した植物種を再野生化する試みは「細心の注意をはらってこそ行なわれなければいけない」としています。もし絶滅種を再野生化した場合、外来種を野に放つのと同様の影響を及ぼしかねず、生態系をさらに不安定化する要因になってしまうかもしれません。
このようなことから、「絶滅してしまった種を蘇らせるよりも、いまある生物多様性を守っていくことのほうずっと容易なので、努力を怠ってはいけない」とも話しています。
Shapiroさん、O'Keefeさんのどちらも、絶滅種の再生は生態系の保全と表裏一体だと言います。
メトシェラのヤシを種から再生した研究者たちも、氷河期の花を咲かせた研究者たちも、厳しい自然環境の中で遺伝子情報がどのように保存されていたのかを調べたかったと異口同音に話しています。種子がより長く遺伝子情報を保存できる方法がわかれば、たとえば「終末のシードバンク」と呼ばれるノルウェーのスバールバル世界種子貯蔵庫などでより適切な種子の管理を行なえるかもしれません。たとえ気候変動や戦争で農作物の多様性を失っても、スバールバルに種子が保存されてさえいれば、未来の人類の作物を確保できます。
いま、5種に1種の割合で植物が絶滅の危機に瀕しています。もし、最悪の場合すべての植物を絶滅から救えなかったとしても、種子から再生するという選択肢はいわば地球規模のバックアップと言えます。
絶滅はサドンデスではない
2019年に学術誌『Nature Ecology and Evolution』に掲載された記事によれば、過去250年間で500種以上の植物が絶滅したそうです。
ただし、この数は推計であって、本当の数はもっと多いのでしょう。それと同時に、一度は絶滅したと思われていた植物が、その後人里離れた森や庭で再発見された、というケースも何百とあるそうです。
カリフォルニア大学サンタクルーズ校助教Meyerいわく、「本当に何種類の植物が絶滅してしまったか、だれも知らない」のだとか。植物の呼び名さえが変わってしまうなか、植物の生存を正確に把握することは不可能に近いと言います。
他方、アメリカグリのように確実に個数が減少し続けており、「機能的絶滅」に瀕している種がいるのも事実です。
いま、アメリカグリの置かれている状況はかんばしくありません。野生ではほぼ見かけず、残っている固体は少数でまばらに生え、保全に努力している団体が育てたり、温室やラボで研究対象として育てられています。しかし、最後に残された一本のアメリカグリが枯れる時に「絶滅」が起こるのではないのです。アメリカグリの絶滅はすでにずっと前から始まっていました。
「『絶滅』という言葉の意味をもっと広げられたらいい」とMeyerさんは話します。
絶滅は、最後の一匹や一株が死んでしまう時に起こる現象ではなく、それよりもずっと前から共生している生物同士がお互い密接に関わり合いながらゆっくりと破滅に向かっていく…そんなイメージのほうが近いのではないでしょうか。
だから、絶滅を阻止するために使える手段もさまざまです。
遺伝子操作で昔の植物を現代に蘇らせる、そんな魔法のような方法ももちろんありますが、「機能的絶滅」に陥った種をほかの種とかけ合わせてハイブリッド種を作ったり、野生化した種を栽培したり、もっと地味だけどよく使われている方法もたくさんあります。
たとえば、セイヨウニワトコ。プロテインに富んだ実をつけ、かつては北米でネイティブアメリカンが食用に栽培していたのですが、やがてもっとおいしいトウモロコシなどの作物に取って代わられ、セイヨウニワトコの栽培種はすでに絶滅してしまいました。しかし、セイヨウニワトコの野生種はまだ存在しています。
「野生種をまた栽培し始めれば、失った栽培種を容易に取り戻すことができます。栽培種がどんな特徴を持っていたのかはすでにわかっていますし、もっと言えば、セイヨウニワトコの好ましくない特徴を減少させたり、取り除いたりすることも、現代の技術をもってなら可能です。セイヨウニワトコが現代の作物としてまた復興することも考えられます」とMeyerさん。
人間はある時期だけなにかに依存して、その後放棄してしまうことがある、と指摘したうえで、一度放棄したものをまた生活に取り入れていく試みは生物多様性を保全したり、より優れた耐性を持つ作物を生み出すきっかけになるだけでなく、人類の歴史の窓を開くことにほかならないとMeyerさんは続けています。
作物がどのように人間の手で栽培され、大陸から大陸へと渡ったのか。
作物がもたらす「味」がいかに経済を突き動かし、時には戦争の火種となり、文化的なつながりを生み、生態系に変化をもたらしてきたのか。
いまこそ、かつて食べていた「味」を復興するチャンスが訪れています。野生種を栽培し直し、食卓に新しい食材を届けることが可能になっています。
この「とてもクリエイティブな時代」において、植物の多様性を探求し、ずっと昔に失われた宝を再認識していく過程で、もしかしたら将来わたしたちが主食として頼ることになる大切な穀物が発見されるかもしれません。
Reference: BBC, PNAS, Nature Asia, Ginkgo Bioworks
2020-04-21 11:05:48Z
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