映画『この世界の片隅に」(監督片渕須直氏)を覚えていらっしゃるだろうか。
漫画家こうの史代さんの原作を基にしたこの作品は、主人公すずさんとその家族が第2次世界大戦を生き抜く姿を描き、多くの人の感動を誘った。
NHKは、自分に身近な人がどうやって戦時中を過ごしていたのか、そのエピソードを募って番組内で紹介する「#あちこちのすずさん」キャンペーンを行っているが、5月30日、完全オンラインの「#あちこちのすずさん ワークショップ」が開催され、筆者もその一部を視聴した。
ワークショップの形式は非常に斬新だった。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、仮想現実(VR)空間を使ってワークショップを行ったのである。
ワークショップは3部構成で、1部は数人の登壇者が「インプットの課題」と「アウプットの課題」について話した。
インプットの課題としては、体験者が少なくなる中でどうやって情報を収集するのか。アウトプットでは、戦争を知らない若者層にどうやって体験を伝えていくか、そして既存メディアをどう活用できるのか、ソーシャルメディアの役割は、など。
第2部では参加者が複数のグループに分かれ、テレビ会議ソフトを使って若い世代への伝え方を考えた。
最後の第3部では、各グループの議論内容のまとめと登壇者のコメントが紹介された。
英国に住む筆者は、時差の関係から第3部のみ、視聴参加した。
「聞き書き」をイラスト化する
第3部で、それぞれのグループでの話し合いの結果をモニターとVRで紹介していったが、新鮮だったのが「議論の内容をイラスト化する」やり方だ。例えば、以下のようにまとめるのである。
メディア関係者が入ったグループDの報告では、性犯罪や性的嫌がらせに声を上げる「#MeToo運動」のやり方を、戦争体験に若者層に伝えるために応用できないかという提案があった。
「#戦時のMeToo」と位置づけ、インスタグラム、オンラインアーカイブ、オンライン・オフラインのイベントを使って体験談を広げてはどうかという。
すべてのグループの発表が終わり、「この世界の片隅に」の片渕監督、ジャーナリストの池上彰氏、評論家荻上チキ氏などのまとめ論評が出た。
筆者は第3部しか見ていないので全体の批評はできないものの、この日の議論を聞いていて、やや焦燥感を持った。
それは、「戦争は過去のもの」という基本認識で話が進んでいるように思えたからだ。「75年前に終戦となった第2次大戦の体験をいかに若者層や次世代に伝えるか」という表現が出るときに、「戦争(この場合は第2次大戦)」=「遠い遠い過去の出来事」という前提があり、どことなく「違う」と思ったからだ。
まず、今現在、ありとあらゆる戦争が世界各地で発生している(この点について片渕監督が言及されたので、少しほっとした)。
また、日本の政治、外交、経済、そして生活面のありとあらゆることが第2次大戦の終了(アメリカや英国の同盟国側が勝利し、日本やドイツなどの枢軸国側が敗けた、アメリカを中心とする戦後体制の始まり)と分かちがたく結びついている。
例えば、今では当たり前になった「男女同権」だが、女性の参政権は、戦後、GHQ(日本で占領政策を実施した連合国軍機関)による五大改革の第一項目「婦人解放」が盛り込まれたことがきっかけとなっている。
私たちの身の回りのすべてのことの表面をちょっとひっかけば、「そもそも」が第2次大戦後の体制をベースにしている
「市民は戦前・戦中をこう過ごした」という話とともに、「今、私たちが立っている社会の枠組みは一体どんな風にして生まれたのか」を解いていく作業も、同時に必要なのではないだろうか。
常に振り返る英国
筆者は2000年代初頭に英国に来て住むようになったが、驚いたことの1つは、英国では第1次及び第2次大戦をテーマにしたテレビやラジオの番組、新聞記事、書籍が非常に多く、「戦争を忘れない・繰り返し思い出す」作業が常に行われていることだった。
第1次及び2次大戦の両方で英国は勝利側の国となり、過去の振り返りは「苦しかったがけれども、最後は勝った」ことを国民に思い出させる機会となっている。英国には現役の軍隊があり、世界各国に派遣されている。新型コロナウイルスの緊急時には仮設病院を新設するため、軍隊が大きな役割を果たした。
毎年11月、欧州各国では戦争の追悼記念式典があるが、英国では同月第2日曜日を「リメンバランス・サンデー」と呼び、大々的な式典を開催する。この日、エリザベス女王はロンドンの中心街にある戦没記念碑に大きな花輪を添える。
秋になると、人々は襟に赤いポピーの花をかたどった飾りをつける。戦没者追悼の意味がある。
筆者も毎年、戦死した父を持つ家人とともに地元にある戦没者記念塔までほかの市民とともに行進する。記念塔にはたくさんの花輪が置かれている。
毎年夏には、フランスの村を訪れてきた。1943年8月、ここに英空軍の爆撃機が落ち、村の中心部を少し離れた場所に落ちたことで、村人が「中心部を避けてくれた」ことに感謝し、記念碑を作ってくれたのである。8月15日、村人たちとともにこの記念碑まで歩き、花輪を置いている。
75年前に終戦となった「あの戦争」は、実は日本人にとっても遠い存在ではないと筆者は思う。
実際に戦闘体験がある人やその時代に生きていた人はだんだん少なくなってきているが、それに続く私たちが「昔の話」を語るだけではなく、今の枠組みの理由や背景を学ぶことで、歴史を自分ごとにし、未来をつくっていくきっかけになるのではないか。
***
NHKでは、来る8月13日、「あちこちのすずさん 若者が語る戦争(仮)」という特別版番組の放送を予定している。
今、戦時中の日常のエピソードを募集中だ。ぜひ、たくさんの方に参加していただきたい。
「#あちこちのすずさん」のホームぺージもご参考に。
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June 25, 2020 at 11:12AM
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