「ディズニーのハロウィン」から見えること
ハロウィンが日本人のお馴染みの行事となったのは、21世紀に入ってからである。
日本のハロウィンがどこから始まったかのかという始原を、クリティカルに指摘するのはむずかしい。
ときに「とにかく結論が欲しい」というメディアが、急いで無理に結論を導こうとすることがあるが、その場合も「それもひとつの話」と緩やかにとらえるのがいいとおもう。

個人的な記憶によれば、東京ディズニーランドは早くから継続的にイベントをおこなっていた(べつにここが始原ではないのだが)。
1990年代の後半には始めており、そのころは街中ではあまり見かけなかったから、「ディズニーランドが力を入れている海外由来のイベントなんだな」という印象が強かった。
東京ディズニーシーは2001年に開園し、こちらは最初はあまり「ハロウィン・イベント」に積極的ではなかった。
ディズニーシーで印象的だったのは、「ハロウィン・イベント」を「アメリカンウォーターフロント」エリア内での限定イベントにしていたことである(そのエリアだけハロウィン飾りつけがしてあった)。
ディズニーシーは、7つのエリアに分かれている。
入ってすぐのところは「メディテレーニアンハーバー」であり、つまり地中海をイメージしているエリアだ。具体的な国名を出すなら「イタリア」のエリアとなるだろう。
そこを抜けて海の手前を左にいくと「アメリカンウォーターフロント」がある。ここはわかりやすくアメリカ国(だいたい100年前のアメリカ)をイメージしたエリアである。
ほかの5つは、「中央アメリカのジャングルエリア」「アラビアンナイトのエリア」「現実とは違う発展をした未来エリア」「ネモ船長の秘密基地エリア」「人魚たちのエリア」となっている。
ディズニーシーに入ると、まず絶対に「イタリアのエリア」だけは通ることになる。
「イタリア国ではハロウィンはふつう行われない」という理由から、ディズニーシーでは2008年までは全体でのハロウィンイベントをおこなっていなかったようだ(あくまで2008年以前の話である)。
いろんなことを象徴している。
からの記事と詳細 ( ハロウィンのお祭りはどうやって日本までたどり着いたのか? その「来歴」を考える - 現代ビジネス )
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