為替市場には勝者と敗者がいる。今年の勝者は円安に賭けた投資家だ。経済大国で日本だけがデフレ対策に突き進んでいるため、当然の帰結と言える。日本銀行がイールドカーブコントロール(YCC)で10年債利回りを抑え込み、円は対ドルで20年ぶり安値に沈んだ。
Aという国の物価上昇率がBという国に比べて低い場合、それ以外の条件が同じと仮定すれば、Aの通貨は購買力平価という観点でBの通貨に対して強くなるはずだ。日本はどの通貨よりも高い購買能力を維持しながらも、円安になっている。
円安が自己永続的になっているのは、日本の投資家による行動に一因がある。「ミセス・ワタナベ」とも称される小口の個人投資家の間では、円安の長期化が国外投資で高いリターンを得られるということが常識になった。国外の株式や債券に資金を投じるという行為が円安をさらに促し、投資の成功につながるという循環だ。
ゲームに参加しているのは日本の個人投資家だけではない。金融危機前に流行した「円のキャリートレード」が復活している。
外国為替は本質的にゼロサムゲームと言える。2008年の金融危機を前に、円キャリーのトレーダーらは惨敗に甘んじた。リスク敬遠で国外投資家が円を買ったからだ。これが再発することは想像に難くない。ただ今回は大事な決定が日銀に委ねられる。YCCとデフレ対策の継続は、円売りを無難な戦略にしてきた。日銀がとうとうタオルを投げ入れたら何が起きるだろうか。
円相場は日米の国債利回り格差に左右される傾向があるが、最近のドル上昇はそれだけにとどまらない観測が広がっていることを示唆している。
日銀が路線を変更すればダメージの大きい「急停止」が起きるリスクが増している。通貨ペッグ制の廃止と似たような影響が起きるだろう。1998年を最後に実施していないドル売り(円買い)介入を、日銀が再開する可能性は非常に低い。仮に介入するとしても、為替市場で直接動くのではなく、債券市場への関与を緩和するというやり方になるだろう。
バンク・オブ・アメリカ(BofA)のリポートから以下を引用する。「インフレ圧力が一過性のものではないと、またイールドカーブをターゲットとする政策を引き揚げる時機が来たと、いつ日銀が見なすのか。ボールは圧倒的に日銀側のコートにある。そこには特定のドル円水準というよりも、円弱気派にとっての継続的な危険が存在する」
しかしながら、日本でもインフレが急に進むリスクが多少はある。コアインフレは1%に近く、日本の基準ではすでに高くなりつつある。過去のインフレは消費税の導入が引き金になった傾向があるが、今はこうした要因がないにもかかわらず、日本ではすでにインフレが芽吹く気配が見られる。
従って日銀にはいずれ行動を起こす理由が生じる可能性がある。それはいつなのか。マネックス・グループのイェスパー・コール氏はこう語る。「いずれ日本も米国に続く。日銀は常にそうしてきた。一度だけ米国の政策と違う道を進んだことがある。バブル経済がそうだ。岸田首相はもちろんのこと、誰もあれを繰り返したくはない」
そうなると、問題は日銀の黒田東彦総裁を説得するのにどれくらいの時間を要するかだ。あるいは次期総裁が指名される来年まで待つ必要があるのかどうか。円の上昇を望む向きにとって問題なのは、黒田総裁がデフレというあまりにも大きな敵を相手にしていることだ。日本経済が長らく病んでいるデフレを打ち負かしたいと、黒田総裁が野心を抱くのは無理もない。
しかしマネックスのコール氏は、「円の運命は日本の投資家が鍵を握る。世界の主要債権国としての日本の立場も同様に影響する。日本の機関投資家とリテール投資家が国内市場への投資を拒否し、米国など国外資産を選好し続ける限り、円上昇というシナリオは実現性が低い」と論じている。
同氏はその上で、世界最大の資産運用機関である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に触れ、同法人が運用する1兆7000億ドル(約227兆円)は、世界の債券の推定26%、株式の24%に相当すると説明している。円安の長短をめぐる議論はさておき、日本の年金受給者が円安によって大きな恩恵を享受していることに留意を促している。アベノミクス初期において、GPIFが日本国債から外債と外国株に資金をシフトさせたのが、円の命運を分けたポイントだったとも指摘した。
GPIFが日本買いの再開を決める時が、そして影響力は劣るがミセス・ワタナベが同様の決定を下した時が、YCC停止の合図になるかもしれない。それは円キャリートレーダーらに痛みをもたらすだろう。今のところ日本の国内総生産(GDP)成長率は若干のマイナスになっている。キャリートレーダーらは危険なしと判断する可能性が高い。その状態が続くのは、まさに危険が来るときまでだ。
(ジョン・オーサーズ氏は市場担当のシニアエディターです。ブルームバーグに移籍する前は英紙フィナンシャル・タイムズに29年勤務し、「レックス・コラム」の責任者やチーフ市場コメンテーターを務めました。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題: Mrs. Watanabe Is Giving the Yen Carry Trade Cover: John Authers(抜粋)
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