リビングハウス・北村甲介社長

リビングハウスの北村甲介社長
「企業が長く続くかどうかは、三代目にかかっている」とよくいわれる。
かの徳川幕府も「三代目・徳川家光が幕府の基礎を築かなければ、江戸幕府が約260年続くことはなかった」といわれるほどだ。創業者の苦労を知らない三代目は、時に良くない方向にかじ取りをして引き継いだものを失ってしまうことも多い。
しかし、実は関西には”アトツギベンチャー”と表現されるような起業家マインドを持った後継者たちがいて、その中には三代目経営者も多数名を連ねている。今回紹介するリビングハウス(大阪市)の北村甲介社長も、その1人だ。
彼の祖父が創業したリビングハウスは、もともと大阪・堀江にある家具屋街「立花通り」にある家具店の1つだった。私も小さい頃、近所に住んでいたのでよくその辺りを歩いた。開いているのか閉まっているのかわからない家具店が並んでいた記憶がある。今その通りは「オレンジストリート」という名前に変わり、おしゃれな堀江エリアの中心地になっている。最盛期に50店舗ほどあった家具店はほとんど残っていない。ちなみに、私が初めて自分で買ったデスクは、リビングハウス製だ。北村社長と出会う前のことなので、うれしい偶然である。

1987年ごろのリビングハウス大阪・堀江店
彼とは「Entrepreneurs' Organization(起業家機構、以下EO)」という、世界的な経営者コミュニティーの大阪支部で出会った。初対面は、シュッとして関西ぽくない男だという印象だった。育ちの良さとパーティーが好きそうな雰囲気も相まって、どちらかというと苦手なタイプだった。けれど、あるとき2人で飲みに行く機会があり、話せば話すほど彼の魅力に気付いた。いい男だなと思ったものだ。

現在のリビングハウス大阪・堀江店
彼を一言で表すなら、地に足のついた経営者だ。三代目経営者は、勢いに任せて突き進むスピード重視の人間と、石橋をたたいてもなかなか渡らない慎重派に二分される印象があるが、彼はどちらも兼ね備えていてバランス感が絶妙なのだ。自分の中で確証を持つまで検証して、大丈夫だと思えたら一気に“攻め”にかじを切る人である。
もともと、家業を継ぐつもりはなかったらしい。社会人になってからしばらくはベンチャー企業で働いていたが、彼が26歳のときに父親から「帰ってこないか」と言われたという。ただ、すんなりと帰ったわけではない。1つだけ条件を付けた。
「1回は家業に入るが、面白くなければやめる」
彼は、さっそく取引先の家具店で修業をすることにした。配属先は配送で、入社2週間後には汗だくになりながら2トントラックを運転して家具を運んだ。普通なら「クーラーの効いた室内で接客をしていたい」と思うが、彼はこの経験を“ラッキー”と捉えた。なぜなら、まずお客様の気持ちを知ることができるからだ。
商品を買ったときではなく、部屋に家具が納品されたときにお客様は喜んでくれると知った。もう1つは、配送先の家の中を見ることができるからだ。高級マンションに家具を運ぶことも多かったが、ラグジュアリーな外観と相まって意外にも室内が簡素な家庭が多いことに気付いた。このとき彼は、家具関連ビジネスはまだまだチャンスがあると確信し、家業にのめり込んでいった。
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