室温以上で金属化する高伝導オリゴマー型有機伝導体を開発 ―電子機能性を制御する新コンセプトによる有機電子デバイス開発の技術革新に期待―
発表のポイント
- 電気を流すプラスチック(導電性高分子)をモデルとして、室温以上で金属化する新種の高伝導性オリゴマー型有機伝導体材料を開発、既報物質と比べ100万倍の伝導度を達成しました。
- オリゴマーの構成ユニットの種類と配列の設計によって、集合体の立体空間と電子機能性を制御するというコンセプトを確立しました。
- 構造が明確で、物質設計性が高く、レアメタルフリーで安価な原料から合成可能な新材料の実現による有機電子デバイス開発の技術革新が期待されます。
発表概要
東京大学物性研究所の小野塚洸太大学院生(同大学新領域創成科学研究科在籍)、藤野智子助教(JSTさきがけ研究者)、森初果教授、分子科学研究所の中村敏和チームリーダー、および東京大学大学院新領域創成科学研究科の岡本博教授、宮本辰也助教、山川貴士大学院生は、同大学物性研究所の亀山亮平大学院生(研究当時)、出倉駿特任助教(研究当時、現在:東北大学多元物質科学研究所助教)、吉見一慶特任研究員、尾崎泰助教授、(株)リガクの佐藤寛泰研究員の協力のもと、導電性高分子(注1)をモデルとした室温以上で金属状態を示す新種のオリゴマー(注2)型有機伝導体の開発に成功しました。
核酸やペプチドなどに代表されるオリゴマー材料は、その構成ユニットの種類、配列情報によって立体空間を制御して機能を発現します。本研究では、オリゴマーの配列を使って集合体の立体空間と電子機能を制御するという伝導体材料開発における新しいコンセプトを実証し、室温以上で金属状態を示す高伝導性材料を実現しました。物質設計度が高く、レアメタルフリーで安価な原料から合成できる本材料の登場により、有機伝導体材料や有機電子デバイス開発における技術革新がもたらされることが期待されます。
本成果はアメリカ化学会の学術誌「Journal of the American Chemical Society」に7月3日(現地時間)に掲載されました。
発表内容
昨今の著しい情報化社会の発展の中で、軽量で柔軟である有機伝導体の開発が高い注目を集めています。現在、工業的に実用化されている伝導体の主流は、ドープ型PEDOT(図1)などの導電性高分子材料です。高分子は合成がしやすいうえ、優れた電気伝導性を示しますが、さまざまな長さからなる分子鎖の混合物であり、詳細な構造や伝導メカニズムの情報を得ることが困難でした。一方、基礎研究のなかで発展してきた低分子材料は、明確な構造情報を入手することができ、絶縁体から半導体、金属、超伝導体に至るまで、幅広い電子物性とメカニズムが見出されてきましたが、伝導性を担うπ共役系(注3)の拡張可能な範囲が比較的狭く、伝導性の広範囲かつ緻密な制御には至っていません。
森教授らの研究グループは、高分子と低分子の間に位置するオリゴマー材料に着目し、2021年にドープ型PEDOTの単結晶モデルとして、最短の2量体オリゴマー型伝導体を報告(論文1)しました。しかし、その伝導度は10-3–10-5 S cm-1と低く、2量体という共役系サイズの狭さがその要因と考えました。このため、分子鎖の伸長による共役系の拡張効果や電子状態の変調効果を検証(論文2、3)しましたが、鎖が伸長するにつれ中性のドナー自体が溶解しにくく、また酸化に対して不安定になってしまうという合成上の問題に直面しました。
そこで、溶解性補助などの特徴ある機能を持つ複数のユニットを効果的に並べた配列構造を導入する戦略を着想しました。数々の配列を精査するなか、2種類のユニット(図1中のPとS)を組み合わせたP–S–S–Pという4量体の配列では、中央に嵩高いSユニットが連続(S–S)することで、分子自体が捻れてπ共役系が分断され、ドナー分子の溶解性と安定性が大幅に向上することに気がつきました(図2左上)。ドナーの捻れた構造はドナーを酸化(電子放出)して有機伝導体とする際には解消され、π積層を阻害しない平面構造へと変化しました(図2左上)。酸化反応によりプラスの電荷を帯びたドナーは、-1価の陰イオン(アニオン)と1:1の比で対をなして積層し(図2右下;アニオンは水色柱状に整列)、ドナーが傾斜してπ積層したハの字型積層構造(図2中央上・右上に模式図)を示しました。その電子構造は擬一次元的(図1)で、以前の一次元的な電子構造と比べて高次元化していました。この積層構造には柱状の隙間が残っており、予想外にもそこに0.2分子分の余剰のアニオン(図2緑色の球体で表示)が含まれていました。このことは電子構造が半充填状態(注4)から逸脱していることを意味し、優れた伝導性が示されることを予感させました。
実際にその室温伝導度は、同じアニオンを持つ2量体の時と比べて6桁も上昇し、36 S cm–1というオリゴマー有機伝導体の中でトップクラスの数値でした(図3)。この伝導体は、室温以上では、金属的な電子状態までも示しました。これらの結果は、オリゴマーのユニットの種類および配列によって、集合体の立体空間と電子機能を制御できることを実証したものであり、伝導体材料開発における新しいコンセプトを実現したものです。このコンセプトによって、有機伝導体材料開発における新たな潮流が生まれることが予期されます。さらにこうした、構造が明確で、分子設計度に優れ、レアメタルフリーで安価な原料から合成できる新種の伝導体材料の実現は、有機電子デバイス開発の技術革新をもたらしうるものと期待されます。
なお、本研究は出光興産(株)との共同研究により行われました。
参考論文>
- 論文1:Kameyama, R.; Fujino, T.*; Dekura, S.; Kawamura, M.; Ozaki, T.; Mori, H.* Chem. Eur. J. 2021, 27 (21), 6696-6700. doi.org/10.1002/chem.202005333.
- 論文2:Kameyama, R.; Fujino, T.*; Dekura, S.; Mori, H.* Phys. Chem. Chem. Phys., 2022, 24 (16), 9130–9134. doi: d2cp00250g.
- 論文3:Kameyama, R.; Fujino, T.*; Dekura, S.; Imajo, S.; Miyamoto, T.; Okamoto, H.; Mori, H.* J. Mater. Chem. C, 2022, 10 (19), 7543–7551, doi: 10.1039/D2TC01216B.
発表者
- 東京大学
- 物性研究所 凝縮系物性研究部門
- 小野塚 洸太(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻博士課程)
- 藤野 智子(助教)科学技術振興機構 さきがけ研究者>
- 森 初果(教授)
- 大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻
- 岡本 博(教授)
- 宮本 辰也(助教)
- 山川 貴士(博士課程)
- 物性研究所 凝縮系物性研究部門
- 分子科学研究所
- 中村 敏和(チームリーダー)
論文情報
- 〈雑誌〉 Journal of the American Chemical Society
- 〈題名〉 Metallic State of a Mixed-sequence Oligomer Salt that Models Doped PEDOT Family
- 〈著者〉 Kota Onozuka, Tomoko Fujino*, Ryohei Kameyama, Shun Dekura, Kazuyoshi Yoshimi, Toshikazu Nakamura, Tatsuya Miyamoto, Takashi Yamakawa, Hiroshi Okamoto, Hiroyasu Sato, Taisuke Ozaki, Hatsumi Mori*
- 〈DOI〉 10.1021/jacs.3c01522.
研究助成
JSTさきがけ「物質探索空間の拡大による未来材料の創製」(研究者:藤野智子、課題番号:JPMJPR22Q8)、JSPS科学研究費助成事業(研究代表者:森初果、課題番号:JP16H04010/JP17K18746/JP21K18597/JP22H00106;研究代表者:藤野智子、課題番号JP21K05018;研究代表者:出倉駿、課題番号:JP20K15240)、JSPS特別研究員(研究者:小野塚洸太、課題番号: JP23KJ0577)、MEXT科学研究費助成事業新学術領域研究:「水圏機能材料:環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成」(研究代表者:藤野智子、課題番号:JP20H05206/JP22H04523)、「ハイドロジェノミクス」(研究代表者:森初果、課題番号:JP18H05516:A03-2)、MEXT「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMX1222MS1002)、公益財団法人 内藤記念科学記念財団(研究代表者:藤野智子)、池谷科学技術振興財団研究助成(研究代表者:藤野智子)、花王芸術・科学財団(研究代表者:藤野智子)、野口遵研究助成金(代表代表者:出倉駿)、科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業(研究代表者:小野塚洸太)の支援により実施されました。
用語解説
- (注1) 導電性高分子 :
- 構成ユニットの繰返しで構成された分子の中で比較的大きなもの、その中で、特に電気伝導性を示すもの。
- (注2) オリゴマー :
- 構成ユニットの繰返しで構成された分子の中で比較的小さなもの。構成ユニットの数で○量体と表記します。
- (注3) π共役系 :
- 化合物中に交互に繋がった単結合および多重結合に非局在化したπ電子を持つ。
- (注 4) 半充填状態 :
- 電子が存在することのできるエネルギー領域に電子が半分存在する状態。
(公開日: 2023年07月04日)
2023-07-03 15:00:50Z
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