元日の能登半島地震では、住民の避難や支援物資輸送のための道路の重要性が再認識された。似たような地理的条件の伊豆半島では、「半島の背骨」として期待される伊豆縦貫自動車道の全線開通が見通せない状況だ。整備計画の発表から37年。防災面への影響を指摘する声が地元から上がっている。(今坂直暉)
半島南部の静岡県下田市須原地区では5月中旬、伊豆縦貫道延伸のため橋を架ける工事が進んでいた。ただ、最南端の下田IC(インターチェンジ)まで開通するのはいつかは決まっていない。
能登半島地震の発生後、南海トラフ地震などが起きれば伊豆半島も孤立する恐れがあることが改めて指摘された。地元の須原1区の小泉孝敬(たかよし)区長(73)は、伊豆縦貫道が防災面で果たす役割への注目も高まったと感じ、全線開通が見通せないことに「工事がなかなか進まずイライラする面もある」と明かす。
伊豆縦貫道の整備計画が発表されたのは1987年。沼津市から下田市までの全長約60キロの国道のうち、沼津岡宮IC-月ケ瀬IC(30キロ)と河津七滝IC-河津逆川IC(3キロ)が開通したが、他の区間は未開通だ。
伊豆縦貫道が全線開通するかは沿線以外にも影響する。半島最南端の石廊崎に近い南伊豆町中木地区は、県などの調査で災害時に孤立が予想される集落の一つ。高野譲区長は「縦貫道があれば、災害時の避難は早まるはずだ」と語る。
県や伊豆半島の市町は早期の全線開通を求め、国への要望を重ねてきた。ただ、市町の首長と一緒に足を運んだのは川勝平太前知事ではなく副知事のことも多かった。このため、前知事は消極的な姿勢だったとの見方が根強く、「リニア問題」で国土交通省と対立状態だったことが影を落としていたと見る向きもある。
「(前知事は)口では伊豆縦貫と言っていたが、関心が継続したことはなかった」とある県幹部。県東部の首長の1人は「要望活動をしても、県のトップはどこだという話になってしまった。知事が来るか来ないかで国のとらえ方が違った」と振り返る。
中木地区では74年5月9日、伊豆半島沖地震で山が崩れ27人が犠牲になった。それから半世紀となった今月9日。知事選が告示を迎えた中、同地区では慰霊祭が営まれ、参列者が防災への思いを新たにした。終了後、高野区長は新しい知事像について語った。「個人的には、防災に力を入れる方がありがたい」
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