“男の悦楽”をコンセプトに世に出されたのが1980年。それから40年もの間、スタイルを変えながら、時代ごとにポップカルチャーを切り取ってきた。というよりも、BRUTUSが日本のポップカルチャーの一部をつくってきたと言っても、言い過ぎではないのだ。
今や誰もが認知する同誌は、近年の出版不況はあれど幅広いジャンルとユニークな切り口を武器に特集を出し続け、目の肥えた読者を「さすが」とうならせる。最近では2018年にローンチしたWeb媒体『BRUTUS.jp』も、じわじわと新たなファンを獲得中だ。
私たちの心をつかみ続ける『BRUTUS』のスゴみ。
その根幹には、いったい何があるのか? 読者を魅了し続ける企画術について、制作の現場について、これからの時代の雑誌体験について、編集長の西田善太氏と副編集長・杉江宣洋氏に聞いてみた。
企画を立てるときに意識するのは“半歩先”と“読者層のドーナツ”
日本中をミッドセンチュリー家具のとりこにした「イームズ 未来の家具」(1995年6月1日号)。安藤忠雄建築事務所やスタジオジブリに“仕事”について聞いた「真似のできない仕事術」(2009年11月15日号)。あの天才をまるまる一冊特集し、またたく間に完売・増刷した『山下達郎のBrutus Songbook』(2018年2月15日号)も、そうだ。
秀逸なタイトル、引き込ませる写真、毎回変わる緻密なレイアウトデザイン――。
それらを武器に、1980年の創刊以来『BRUTUS』は、やりすぎないとがり具合で多彩な特集を上げ、読者の見る世界を広げ続けている。
それを“BRUTUS体験”と呼ぶとしたら、その体験はどのように練られ、編み出されているのか?
「けっこうね、ポイントは“隔週刊”なことですよ」と2007年から編集長を務める西田善太氏は明かす。
西田氏「世界的にもひと月に2回出る隔週刊誌って多くない。ほとんどが月刊誌か週刊誌です。
月刊は次の号が出るまでの一ヶ月の間、特集内容をもたせられる持久力が必要。こわくて突飛なことができないわけです。一方の週刊は時間が短く、鮮度が重要になりすぎる。
けれど、『BRUTUS』の2週間に1号のスパンなら、多少あらっぽい挑戦的な企画でもていねいに作れる。万が一それがハズれても『2週後の次号で取り戻せるからいいだろ』とほどよく振り切れる。その流れの中で、一歩先までは踏み込まずに“半歩先”にこうなったら面白いよね、というちょうどいい特集を僕らは差し出せるんです」
だから『BRUTUS』は「ホテル特集」「リノベーション特集」と続けたあとに突然、食虫植物や多肉植物といったビザールでレアな植物を紹介した「珍奇植物特集」を繰り出すなど、驚きの打順を繰り出す。またそれを世のビザールプランツのブームへとつなげてしまうのもすごい。エイヤッと“半歩先”を指し示してきた、力技のなせる術だろう。
もっともこの半歩先。さじ加減が難しそうだ。
一歩先、二歩先の早すぎるネタでは読者はピンとこないし、遅ければ「何をいまさら」と目利きにキズが付きかねない。
西田氏「だから企画を考えるときは、ドーナツを意識しています。読者層というものは、ドーナツ状になっているんです。ドーナツの穴の部分にいるのがコア層。『BRUTUS』を信頼してくれていて、どんな特集でも買ってくれる大切な人たちです。そしてドーナツの輪っかの部分に当たるのが、『BRUTUS』を毎号チェックして、面白いと思った特集を手に取ってくれる層。そしてドーナツの外側にいるのが、雑誌名など気にせずに自分の興味ある領域ならどんな本でも手に取る、という層」
ドーナツの外側が最も面積が大きくなるから、世間受けするトピックやタレントでこの層を狙えば、部数も売上も一時的には確実に上がる。ペット特集やアニメ特集などをやれば、普段は『BRUTUS』に興味のない層にもリーチでき、すぐに数字につながるわけだ。
西田氏「しかしドーナツの外側ばかり狙っていると、今度は円の中にいたコアな層がすっぽり抜けてしまう。『BRUTUS』はぬるくなったな、と。単発の書籍ではないので、僕らはいつでも支えてくれているコアな層こそ大切にしなければならない。だからいくらドーナツの外側にリーチする売れ線の企画でも『ドーナツの穴の層はどう思うか』に目配せしながら特集を考えている」
この複眼的なユーザー視点が『BRUTUS』編集部の強みだ。アーリーアダプターの心をつなぎとめ、「センスあふれるイメージ」を保ったまま、さらに大きなパイであるレイトマジョリティにまでリーチする。
これはなかなかに「真似のできない仕事術」かもしれない。
これぞ雑誌の力。2人体制でまわす現場の強み
『BRUTUS』を手に取るともうひとつ気づくのが、特集に小気味よい起伏のあるストーリーを感じられることだ。
冒頭は前奏のような期待感をふくらませる記事が流れ、特集タイトルと印象的な写真やイラストからなる扉が現れる。大きめのインタビューが入り、細かなルポなどが続く。たまにブックインブックがはさまって、後半、リズムが変わるように少しレイアウトが変わる……といった具合に。
西田氏「右開きの雑誌ならば、人の視線は、右上から左下に流れて読む。最初のページからリニアに、つまり流れの中で順に読むことを前提にすると、記事内容にもレイアウトにも心地よい順番がある。ミュージシャンのアルバムづくりと似ています。一曲めは何でつかむか。真ん中くらいは少し毛色の違う曲にするか…と考えながら構成を考えるわけです」
いわば雑誌の基本かもしれないが、デザインとストーリーが一体となった秀逸な構成はひときわ目立つ。しかも特集ごとにデザインからすべて変えているわけで、そのこだわりの強さは他の商業誌に類を見ない。
そんな構成を下支えするのが、少人数の制作体制だ。編集部には10人以上の編集部員がいるが、ひとつの特集は、たいてい2人だけが担当する。
西田氏「特集を掘り下げるなら少ない人数のほうがいい。たとえば巻頭はAさんのインタビューにしようと、二人の担当のうち一人が決めたら、自然と『それなら後半はBさんとCさんがいいな』と何度も打ち合わせをしなくても同じ視点ですぐさま動くことができる。特集の一貫したストーリーみたいなものも、ブレづらくなる」
「うらをかえせば簡単に紆余曲折もできる」と副編集長の杉江宣洋氏は言う。
杉江氏「今日も次の特集の打ち合わせをもう一人としていたのですが、特集の方向性が定まらなかったので『3日間くらい立ち止まって考えようか』となった。思い切ったリスケも2人ならすぐにできる。あとで苦労するのも自分たち2人だけだから(笑)」
こうして濃密に特集をつくりあげながら、膨大な専門知識と人脈が編集部員一人ひとりに根付いていく。これもまた『BRUTUS』の強みになるという。
西田氏「熱量の高い編集部員が『あの映画、面白い』『このパン屋、いっておくといいです』『その自転車は、めちゃくちゃ楽しい』とすすめるから多くの人の心が動く。それは雑誌の本質で、我々が得意としているところ。
ようは『ブレイキング・バッド』(※)なんて観たこともなかった人に、そのおもしろさを伝えることで、シーズン1~5まで全部観させて、スピンオフの『ベター・コール・ソウル』まで観たくなるように仕向けてしまう。それが雑誌の本質で、『BRUTUS』なんです(笑)」
こうした“BRUTUS体験”は、新しいプラットフォームにまで拡張している。
Webサービス『BRUTUS.jp』だ。
「BRUTUSのグーグルをつくろう」雑誌の力を活かすwebの仕組み
『BRUTUS』がWebに踏み出したのは2018年末。背景の一つにはやはり、出版業界全体の不振がある。
「出版物販売額の実態」(日販)によれば、2006年に8652億円の売上があった雑誌は、2018年には4570億円と、47.2%にまで落とした。書店も減り続けている。
西田氏「とはいえ、『BRUTUS』を単純にWebコンテンツ化することにはずっと反対でした」
先述通り、流れをもって読まれることを前提に企画、編集し、作り込まれたコンテンツを隔週で打ち出していくことが『BRUTUS』の強みだ。しかしWebに載せた時点でそうした作り手の意図は薄まり、多くの人を魅了してきたストーリー性も弱まる。西田氏は、それでは『BRUTUS』は活きないと考えていたわけだ。
西田氏「もちろん、ニュースサイトのように煽ったタイトルでPVだけ稼ぐようなことはしたくなかった。ただ、10年くらい前にされた、『BRUTUS』ファンのクリエイティブディレクターからの不可思議なアドバイスを忘れられなかったんです」
『BRUTUS』のグーグルをつくればいい』――。
そのクリエイティブディレクターは「Webコンテンツは玉石混交だけど、過去の『BRUTUS』の特集記事はどこを切り取っても価値が高い。そんな記事の情報だけでグーグルのような検索サイトを作ったら、僕はそこから見始める。クオリティを担保したグーグルになれる」と提案してきたという。
そして3年前、本格的にWeb始動に向けて試行錯誤していたとき、「『BRUTUS』の良さは『BRUTUS』のコンテンツに尽きる。雑誌の流れをもって見せることはあきらめて、ピンポイントで記事を見せよう。ただし検索ではなく、ハッシュタグや文中のキーワードから記事同士がリンクしていく見せ方でWeb化する」と、方向性を決めた。
単なる『BRUTUS』の電子版ではなく、これまでの紙版の『BRUTUS』の記事をバラバラに解体したうえでアーカイブ化する。
そして一つの記事を読んで、その中のキーワードをクリックすると、関連したキーワードの記事が特集に関係なくランダムに連なって現れるわけだ。一部は無料で誰しも読めるが、月額457円(税別)で過去5年間のアーカイブ記事のほとんどを読むことができる。
杉江氏「Web上では、デザインとストーリーのある音楽アルバムのような紙の特集を見せることはできない。けれど『BRUTUS』のコンテンツをアーカイブ化して、“キーワード”でどんどんつなげて読めるようにすれば、偶然の発見が紙の雑誌よりあるかもしれない」
だから『BRUTUS.jp』では本誌の『とんかつ特集』の記事を本誌と同じように流れの中で読むことはできない。けれど、1本1本の記事は読めるし、さらに他の特集記事が読める。
西田氏「たとえばとんかつは特別好きじゃないけれど、文学好きな人が『BRUTUS.jp』で1本、文学の記事を読む。するとその横に『とんかつが出てくる文学』が出てきて、その記事へ進み、さらにとんかつの魅力を語ったエッセイへと数珠つなぎにたどり着く。そうしてさらに美味しいとんかつ屋さんへ足を運んだら、もうコンテンツとして勝ちじゃないですか」
それは同時に、紙の雑誌の勝利ともいえる。『BRUTUS.jp』で偶然の出会いと面白さはブーストされたが、行動変容まで引き起こす力強い記事は、あくまで紙の雑誌だからこそ生まれたコンテンツ。『BRUTUS』の考え抜かれた構成があるからこそ、担保されるクオリティなのだ。
西田氏「だからこそ僕らはWebに完全移行させるつもりはなく、むしろ紙の雑誌をつくり続ける。これまで40年という時間をかけて雑誌作りに取り組んできたノウハウもありますし、単純に、紙の雑誌をつくる手法を採用した記事が、Webにおいても一番パフォーマンスが高いと実感しているからです」
『BRUTUS.jp』の月間PV数は250万。しかし、滞在時間は2分ほどと際立つ。それだけ多くの人が、新しい発見をここでしている証左だろう。
さらに現在、『BRUTUS.jp』は、「40周年特設ページ」を開設してさまざまなコンテンツを展開中だ。そう、「『POPEYE』の卒業生に向けて…」と生まれてから、もう40年を迎えたのだ。
Webで創刊号をまるまる一冊読めたり、年代別にバックナンバーを並べて「#自分史上最高BRUTUS」をツイッターで投稿できるコーナーもある。また編集部はもちろん、これまでの誌面に関わった人たちを交えたリアル&オンラインのイベントも継続的に開催中である。
80年代の悦楽的な男の雑誌だった『BRUTUS』。90年代の特集主義を際立たせた『BRUTUS』。そしてポップカルチャーの総合誌として立ち位置を再定義した、いまの『BRUTUS』――。
そこにはリアルタイムで更新される、重層的な読書体験がある。新しいドーナツの真ん中も増えるかもしれない。そしていつだって『BRUTUS』は、今いる世界を少しだけ押し広げてくれる。どんなにモヤっと閉塞感が漂っていても、だ。
だから私たちは、なかなか『BRUTUS』を卒業できない。
執筆/箱田高樹 編集/大沢 景、浅倉潤一(BAKERU) 撮影/是枝右恭
※『ブレイキング・バッド』は2008年〜13年に放送されたアメリカの人気テレビドラマ。『ベター・コール・ソウル』は、『ブレイキング・バッド』中のサブキャラクターを主役にしたスピンオフシリーズ。ともにNetflixで配信中。
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September 30, 2020 at 07:00AM
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40年続く『BRUTUS』がいつだって魅力的な理由。カルチャーのリーダー誌にきく「コンテンツの力」 - XD(クロスディー)
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