ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。AI(人工知能)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏が、トップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回は元ネスレ日本の社長兼CEO(最高経営責任者)で、現在はケイアンドカンパニー(兵庫県西宮市)社長の高岡浩三氏を迎え、ネスレ日本が直面していた問題やイノベーションに対する考え方について議論した。(対談は2022年11月24日)
ネスレのイノベーションは1つだけだった
石角友愛氏(以下、石角) 高岡社長は講演や書籍の出版などを通して、イノベーションについて発信されています。このイノベーションに関する考えは、ネスレ日本時代に培われたものなのでしょうか。
高岡浩三氏(以下、高岡) そうですね。ただネスレ自体は世界の企業時価総額ランキング20位前後に位置しているものの、自ら起こしたイノベーションは40年以上前に考案された「ネスプレッソ」だけなのです。
そのためネスレでは次のイノベーションの創出が大きな課題になっていました。ただ、食品は、地域によって消費者が求めるものが大きく変わるというローカライズの問題があります。スイス本社の指示通りにしても、日本でイノベーションを起こすのは難しいと考えていました。
ケイアンドカンパニー代表取締役
元ネスレ日本社長兼CEO。1983年にネスレ日本入社。ブランドマネージャーなどを経て、ネスレの製菓子会社のマーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を成功させる。2010年、ネスレ日本副社長飲料事業本部長として「ネスカフェ」の新ビジネスモデルを構築。同年11月、ネスレ日本社長兼CEOに就任。「ネスカフェ アンバサダー」などの新しいビジネスモデルで高利益率を実現する。20年3月にネスレ日本退社。著書に『ゲームのルールを変えろ』(ダイヤモンド社)、『マーケティングのすゝめ』(フィリップ・コトラーとの共著・中公新書ラクレ)など
石角 世界的企業であるネスレでも1つしかイノベーションがなかったというのは意外です。ただそれは既存事業できちんと利益が確保されていて、新たにイノベーションを起こす必要がなかったともいえるのではないでしょうか。なぜイノベーションを起こす必要があると考えたのですか。
高岡 一番の問題は、事業のポートフォリオが古くなっていたことでした。そもそもインスタントコーヒーはお茶をよく飲む国でよく消費されていて「ネスカフェ」の販売量も日本やイギリスが多い。ただ日本でも、私が社長になる前の25年ほど、売り上げは右肩下がりの状態でした。「キットカット」などのチョコレート菓子もありますが、チョコレートはさまざまなメーカーが商品を発売していて競争が激しい。だからこのままではいけないという危機感を抱いていたのです。
石角 日本ではインスタントコーヒーはオフィスでも家庭でもよく飲まれています。それでも消費量は下がり続けていたのですね。
高岡 やはり人口減少が大きく影響していましたね。日本はこれまで移民の受け入れに積極的でなかったこともあり、先進国の中でも早く人口減少のフェーズに入りました。「人口が減る=胃袋の数が減る」ということであり、食品業界としては死活問題です。そのため日本の大手食品企業の中には、海外での販売で利益を確保していたり、食品以外の分野で稼いでいたりするところもあります。ただネスレ日本は海外輸出ができないため、国内で利益を上げて生き残っていかなければならなかった。
石角 欧米でも移民の受け入れを制限する動きがあり、今後各国で人口は減少していくでしょう。日本で売り上げを伸ばすことができれば、ネスレのグローバルでも参考になりそうですね。
高岡 ただ先例がないため、どうすればそれが実現できるかなんて誰も知りませんでした。だからこそやり遂げたかった。市場が縮小する中で売り上げを伸ばすためには「値上げする」か「売れる商品を作る」しかありません。そのためには20世紀型のマーケティングから脱して、21世紀型のマーケティングによりイノベーションを起こすしかないと考えました。
ネスレ日本を「マーケティングの会社」へ転換
石角 ネスレ日本を立て直すために、社長としてまずどういったことに取り組んだのですか。
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