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Thursday, May 18, 2023

福島第一原発の処理水モニタリング、年間9万件の分析は ... - 読売新聞オンライン

 東京電力福島第一原子力発電所の「処理水」の海洋放出を前に、韓国からの視察団の受け入れが予定されている。海水の継続監視(モニタリング)は、どのように行われているのだろうか。年間約9万件に上る放射性物質を測定・分析しているという福島第一原発の現場を訪ねた。(編集委員 森太)

 原発構内への入り口にあたる入退域管理棟に赴くと、厳重な本人確認と所持品チェックを受けた。放射性物質を測定している化学分析棟は、この管理棟からつながる階段を降りた地下にある。棟に入るには、観測値に影響を与えないよう新しい靴下を重ね履きし、用意されたゴム靴を履く必要がある。大きな部屋をいくつかつなげたような場所には、見たこともない様々な機器が並び、まさに化学実験室といった様相だ。

 「ミスを防ぐためにQRコードを使って一元管理するシステムを導入しています」。責任者を務める鈴木純一グループ・マネジャーが説明する。「試料をいつどこで採取したのか、どの放射性物質を測るのか、誰が分析したのか、どの装置を使ったのかなど、登録から結果まで、すべての情報を管理しています」。2019年に導入され、濃度の計算も人間から計算ソフトが行うようになった。作業効率は格段に上がり、ミスもなくなったという。

 処理水の分析現場を見せてもらうと、女性分析員がゴーグルのようなメガネを付けて作業していた。「スマートグラスと呼ばれるもので、一つ一つの作業の手順が見えるようになっています」と鈴木さん。分析員は、スマートグラス内部に映し出される手順に従って作業を進めていく。

 処理水の入った容器には、QRコード付きシールが貼られていて、分析員はまず、そこに記された採取日時を読み上げた。そして、スマートグラスに付いているカメラでシールをとらえると、これが別棟のオフィスにいる担当者のパソコンに映し出され、担当者は採取日時をキーボードで入力。音声とキーボード双方の入力が一致するとシステムに登録され、分析が始まる。分析員は一つの作業が終わるたびに「グッド」と声を発する。すると、スマートグラスに次の手順が表れるという仕組みだ。

 試料の放射能レベルには高低差があるが、ここでは処理水や周辺の海水、原子炉建屋近くの地下水など放射能レベルの低いものを分析している。31人の分析員がいて、1日平均100件程度の試料を登録しているそうだ。敷地内にあるもう一つの分析室と合わせて、福島第一原発では、年間約9万件の放射性物質が分析されているという。

 部屋の奥に進んでいくと、処理水に含まれるトリチウムなどベータ線を放出する放射性物質を測定する装置があった。この装置は14台あり、分析の増加に伴い台数を増やしてきたという。

 その奥には、セシウム137などガンマ線を測定する装置が12台あり、厚さ15センチもある鉛の扉の中に分析物を置いて測定する。さらに奥には、どっしりしたピンク色の装置も2台あった。こちらは処理水の放出前に毎回測定する放射性物質69核種のうち、新たに対象となった鉄55(Fe55)を測定するために最近導入した装置だという。鈴木さんは「鉄55は、非常に低いエネルギーのガンマ線しか出さない放射性物質で、これを測るためのものです」と話した。

 東京電力福島第一原発の周辺海域では、事故のあった2011年から政府の総合モニタリング計画に基づいて、国、福島県、東電などが継続して放射性物質の測定を行っている。今年3月に改定された計画では、処理水の海洋放出にあたって、東電は主に処理水に含まれるトリチウムについて、調査地点とその頻度を増やし、検出できる下限値(検出限界値)を引き下げた。東電によると、調査地点は、これまでより85増えて約260地点となり、順次取り組んでいる。

 また、これまで1リットルあたり0.4ベクレルだった検出限界値は、環境省などが行っている基準に合わせて0.1に下げた地点を設けた。「基準がばらばらでわかりにくい」といった指摘もあったからだ。より低い数値を測定できるようになったが、0.4ベクレルなら3日程度で得られる分析結果が、0.1になると、電解濃縮という工程が加わり、結果判明は約2週間長くかかってしまう。

 地元では「すぐに問題がないという結果がほしい」という声もあるそうだ。このため、東京電力ホールディングスの担当者は、「検出限界値の低い測定も行いつつ、限界値を高めに設定して速報のような形でお知らせすることも同時に行っていきます」と話した。

 分析の結果は、処理水ポータルサイトで公表されている。このサイトでは、国や県のデータも一緒に見られるようになっている。

 処理水に含まれるトリチウムの濃度を測定するのは、多核種除去設備(ALPS=アルプス)などを使って、核燃料に触れた汚染水からセシウムやストロンチウムなど大部分の放射性物質を取り除くことができても、トリチウム(三重水素)だけは除去できないためだ。東電は、放出前に大量の海水で薄め、1リットルあたり1500ベクレル未満の濃度にする。その後、沖合1キロ地点で放出される処理水は、すぐに潮流により拡散されるため、濃度は一気に低くなると予測されている。検出限界値が低いのもそのためだ。

 そもそもトリチウムは、自然界に存在するもので、雨水やミネラルウォーターにも微量に含まれている。日本人は1日約1ベクレルのトリチウムを摂取しているとされ、体内にもトリチウムはある。原発の運転や再処理施設で生成されるトリチウムは、世界中で放出されており、事故を起こした原発だけから出てくるものではない。

 経済産業省の資料によると、世界各国の原発から1年間に放出されるトリチウムは、中国の紅沿河原発87兆ベクレル(2019年)、韓国の古里原発91兆ベクレル(同)、カナダのダーリントン原発220兆ベクレル(2018年)。これに対し、福島第一原発のALPS処理水は22兆ベクレル未満であり、これは事故前の管理基準と同じ値となる。

 また、日本のトリチウム排水基準は、1リットルあたり6万ベクレルで、世界保健機関(WHO)の飲料水ガイドラインは同1万ベクレル。処理水の1500ベクレルは、国の規準の40分の1となる。

 管理棟の外の構内の道路は、「桜通り」と呼ばれ、訪れた4月5日には、ほぼ満開の桜が咲き誇っていた。ここは海抜約35メートルの高台にあるため、津波の被害は受けていない。事故で放射能は浴びたが、桜は毎年、美しい花を咲かせている。

 敷地北側の海沿いでは、沖合へ処理水を流す放水口を整備する工事が進められている。海水をくみ上げるポンプから、大量の海水を流す太いパイプが3本伸びていて、その先に高台から移送管を流れてきた処理水と、希釈用の海水が混ざり合う「海水配管ヘッダー」と呼ばれる巨大配管がある。この中で処理水は海水で希釈された後、上流水槽に入り、その隣の下流水槽へと越水して下部のトンネルを通って沖合1キロ先の放出口に向かう。

 1月に訪れた時には、内部の構造が見えていた上流水槽には壁がつくられ、トンネルを掘り進むシールドマシンは、運転を再開していた。水深約12メートルに設けられた放水口の真上の海上に先端が突き出ているやぐらは、まもなく撤去されるそうだ。

 東電は、上流・下流水槽のあるこの場所で、海水と希釈された処理水のトリチウム濃度が1リットルあたり1500ベクレル未満になっていることを最終確認した上で放出する。現場を案内してくれた担当者は「大量の海水で希釈してから放出しますので、放出時の数値は1500ベクレルを大幅に下回る予定です」と説明した。

 放出にあたっては、放出前の段階でこれまでより多い69核種の測定を行い、放出直前にはトリチウム濃度を最終確認し、放出後は海水や魚類の測定も強化するということになる。それでも、いったん処理水の放出が始まれば、再び国内外からの風評被害が懸念されている。安全は証明できても、安心を得るには時間がかかるということだ。

 風評被害を抑えるためには、東電も国も広くデータを公開して丁寧に説明を尽くし、安心と信頼を粘り強く醸成していく努力が求められている。

福島第一原発周辺海域のモニタリング結果を報告する東電のサイト

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