国内最高峰の工業大学、東京工業大学。
撮影:三ツ村崇志
東京医科歯科大学との統合に向けた協議を開始することで大きな話題となった、日本最高峰の工業大学である東京工業大学(以下、東工大)。
実は、統合が話題になる前、7月25日に発表された、“ある公募情報”にも注目が集まっている。
「東京工業大学8部局で女性教員の公募を開始」
撮影:Business Insider Japan
東工大の教育研究に携わる主要8部局全てにおいて、同時に女性教員を採用しようというのだ。しかも、全て教授・准教授ポストで、任期もなし。
日本の研究者に占める女性の割合は約17%。国際的に見ても、日本のアカデミアの男女バランスの不均衡さが際立っている現状から、昨今では、女性研究者限定の公募を見かけるようになってきた。この5月には、東北大学の工学研究科でも、5つの教授ポストに対して、女性限定公募を発表し大きな話題となったばかりだ。
ただ、こういった公募情報は、部局単位で公開されるのが通例。
なぜ東工大は8部局という大学全体にわたって、同時に女性限定公募に踏み切ることができたのか。
男女問わず「ポスト不足」が嘆かれるアカデミアの中で、大学全体で女性研究者を公募する意味を、東京工業大学の佐藤勲総括理事・副学長に聞いた。
東京工業大学統括理事・副学長の佐藤勲氏。現学長である益一哉学長をはじめ、これまで4代にわたる学長のもとで、東工大の組織運営に携わってきた。
撮影:伊藤圭
「増やさなければならない」危機感
—— 今回の女性限定公募は、8部局、つまり東工大の全部局同時の取り組みです。どういった経緯でこの取組が実現したのでしょうか?
佐藤勲統括理事・副学長(以下、佐藤):まずは、東工大の現状を説明させてください。
東工大の教員は、教授・准教授・助教を全部合わせて1000人強ほどいるのですが、女性研究者の割合は約10%(約100人)程度です。
これまでの取り組みもあり、女性教員は順調に増えてきました。
ただ、2030年までに女性教員を20%にするという目標に対して、今のペースではどうやっても届かない。「飛躍的に増やさないといけない」という危機感があるのが、今回の取り組みを進めた理由の一つです。
理工系に限りませんが、学術界隈で新しいことにトライするには多様性があることが大前提になります。そういう観点で、いま東工大では、ダイバーシティを充実させようとしています。
その「1丁目1番地」として、まず、女性の割合をどうにか増やしたいと考えていました。
—— 組織内で一定の存在感を発揮するには、3割を超える必要があるとも言われていますが。
佐藤:20%の数値目標を考えた時には、海外の理工系大学をベンチマークとしました。アトランタにあるジョージア工科大学(MITに並ぶ、アメリカの名門工科大学)でも、教員の女性比率は25%ぐらいでした。
ですので、まずは1つの目標として、20%まで頑張ろうと数字目標を掲げた経緯があります。
ジョージア工科大学の教職員の各カテゴリの教職員の割合。それぞれの%は、教職員全体の中での割合を示している。例えば、男性教授の人数は343人(30.6%)、女性教授の人数は68人(6.07%)。教授、准教授、助教、講師(No academic rank以外)を合算すると、25%弱。
出典:Data USA
——当然、20%に達すれば終わり、というわけではないと。
佐藤:もちろんです。
数値目標・経営計画を掲げると、数値を満たすことがゴールになってしまいがちですが、それは間違いです。先程「多様性」と申し上げましたが、数が増えるだけで良いのではなく、そこでインタラクションが起きて新しいものを生み出すことが目的です。
多様な人が一緒に活動できる環境を作る、それが重要だと思っています。
8部局同時公募に踏み切った理由
ShutterStock/Chad Robertson Media
——「環境を構築する」ということは、人を採用すること以上に難しい気もします。具体的にどう進めていく予定ですか?
佐藤:今回の公募では、教授・准教授クラスを募集しています。これは、そういった「環境」を生み出すための議論をしていただきたいと思っているからです。
実は今、東工大にいる約1割の女性教員のうち、教授はまだ少ないんです。
—— 助教などの若手研究者だと、学内のガバナンスに対して意見しにくい環境があるということでしょうか?
佐藤:学内における立場の問題だけではありません。若手研究者は、本来なら自分のキャリアを積むために研究に向かってもらいたい。大学全体のガバナンスに関する議論をしてもらうのは大きな負担になってしまう。
そういう意味で、シニアクラスの女性教員を増やして、大学ガバナンスに参画してもらい、例えば女性がどうすれば活躍できるようになるのか、議論を進めていただきたいなと。
—— そのための教授・准教授ポストでの女性限定公募というわけですね。全部局同時に公募に踏み切れた理由は?
佐藤:これは東工大の仕組みが関係しています。
一般的な大学では、例えば工学部で教員を募集する際には工学部の中で議論をして決めるものです。本学、実はそういう仕組みになっていません。
人事は、基本的にはすべて学長の下にある「人事委員会」が担っています。
毎年各部局の状況や要望を聞いた上で、人事委員会で議論をして、部局のバランスや、これから先の各部局の目指すべき方針を踏まえて来季の採用計画を決めています。本年度は来季に向けて約50名の教員選考を認めました。
実は、今回の8部局同時の女性限定公募は、そういった各部局からの要望を加味した枠とは別に「新たに設けた」採用枠です。
—— 空いたポストは従来どおり男女問わない形で維持し、新たに女性限定のポストを増やしたと。
佐藤:そうです。大学として、執行部として、トップダウンでポストを作ろうと進めました。
「覚悟もってやらねば、女性研究者は増えない」
取材の中で、話題は大学役員の男女比にも。東工大の学長・理事・副学長全7人中、女性は1人だけだ。佐藤副学長は、このバランスももう少し是正したいと語っていた。
撮影:伊藤圭
—— 大学のトップレベルで今回のような大規模な取り組みを決断をした理由は?
佐藤:やっぱり、ある程度覚悟を持ってやらないと、女性の研究者は増えない。増えないと、先程お伝えしたような学内での良いインタラクションが発生しない。
まずは、女性たちが活躍して新しいものが生み出される、そういった1つの「雛形」を見せなければならない。そうすることで、次の人がチャレンジする、そういう流れを作らなければならないと感じています。
—— 女性限定公募を実施する際には、男性側から「逆差別だ」と反対の声が上がることもあります。今回の取り組みについて、反対意見はなかったのですか?
佐藤:全くなかったですね。
十分かどうかは別にして、部局の要望を聞いて、既存の予算の枠組みから大学としてできる範囲で答えた「後」の話なので。そこは、理解していただけたと思っています。
—— 既存のポスト数は変えずに、女性限定公募のポストを新設したことで、コンフリクションを抑えたわけですね。
佐藤:我々としてはそう思っています。
もちろん、それとは別に大学全体のリソース(ポスト)が足りているかという話はまた別の問題としてあります。それはまた別に対応しなければならない課題だと思っています。
国際競争への危機感
撮影:伊藤圭
—— 先ほど、危機感がある、とおっしゃいました。どういった背景があるのでしょうか。
佐藤:最近、益一哉学長がよく言っているのですが、ESGという言葉が知られるようになり、ダイバーシティに対するガバナンスも十分でなければ、社会からの信頼が得られない雰囲気になりつつあります。
欧米を中心に普及し始めた考え方ですが、日本国内にも非常に浸透してきている。そうなると、大学としても積極的に取り組む必要があります。
少なくとも、理工系の大学である東工大は女性の研究者や学生の割合をみると、ジェンダーバランスの部分で明らかに劣っている。そこに手を打たなければ、国際的にも信頼されなくなるのではないかという危機感があります。
—— 理工系の女性研究者や学生が少ない現状は、昔から続いている問題です。これまでうまく増やせなかった理由をどう分析していますか?
佐藤:2つの段階があると思っています。
1つは、研究者の卵である「学生」の観点です。高校の段階で、例えば「女性は文系」というステレオタイプな認識が残っているのだと思います。
また、やはり親の影響で医師のように資格が取れるところの方が後押しされやすく、純粋な理学や工学は関心がもたれにくい。
ただ、もっと若い、例えば小学生ぐらいの子どもを見ると、男女関係なく理科が好きな子はいるんです。そう考えると、中高頃から少しずつバイアスがかかってしまっているのではないかなと感じています。女性の学生が割合として少ないので、結果、女性研究者を目指す母数が少なくなってしまっている。
男女問わず理科が好きな子どもは多い。受験時にステレオタイプな考えが浸透してしまうことは根深い問題だ(写真はイメージです)。
Getty/Hakase_
—— 理工系への入口がそもそも少なくなっているという問題ですね。もう一点は何でしょうか?
佐藤:もう一つは、出口の問題です。
女性研究者が研究者としてキャリアアップしていくときに、さまざまなライフイベント(妊娠や出産など)が、研究活動に大きな影響を与えてしまう状況になっている。
我々研究者は、どうしても論文の数や外部資金の獲得といった数値的な側面で比較されてしまう。ライフイベントで、その継続が中断されてしまうと、どうしても評価されにくくなってしまう。
—— 評価制度自体が、男性主体の考え方になってしまっていると。
佐藤:そうです。この評価の部分をどう変えていくのかがもう一つの課題だと思っています。
今は出版社やランキング会社がやっている数値にとらわれた評価が中心ですが、そういったものにとらわれずに研究者を公正に評価することを目指そうという動き※もあります。
※研究の評価方法を改善することを目指し、 2012年に「研究評価に関するサンフランシスコ宣言」と呼ばれる勧告が作成された。国内外の複数の学会、研究機関がこの宣言に署名している。
そういった概念を取り入れて、研究者がどんなインパクトを社会にもたらしうるのか、きちんと定性的な評価をしていかないといけない。
それができれば、ライフイベントによる研究の中断なども問題にはならないはずです。その人が何を目指しているのかをきちんと評価できるようになれば、性差の影響は小さくしていくことができるのではないかと思っています。
—— つまり、これまでの東工大では、そういうことができていなかった。
佐藤:はい。その通りです。
もちろん、高校生やその親への説明は行なっていますが、うまく伝わっていないのだと思います。研究者の評価についても、やっぱり最後には「数」に頼りがちになってしまっていた。
「その認識を少し改めませんか」と学内に伝えようとしていますが、浸透するまでに時間がかかっているのだと思います。
—— そう考えると、昨今の社会の風向きの変化によって、現状を変えるアクションを取りやすくなってきてはいるのでしょうか。
佐藤:それはあると思います。
アクションの必要性を一般の教員も含めて感じるようになってきた。そうなると、執行部がそういった舵を切ったときに、理解してもらいやすくなっていると思います。
—— それをどう持続可能にするのか、という課題にも取り組まなければならないように思います。
佐藤:益学長は、自身の任期中である来年度までは、継続してこうした取り組みをしていきたいと言っています。最初の話に戻りますが、女性に限らず、多様な研究者がそれぞれの能力、才能を生かしながら活躍できる場をつくることが重要です。まずはその整備を進めたいです。
ロールモデルが生まれれば、今度はそういった人を目指す次の世代の人たちが増えるような循環を回していくことも必要です。学生側にアプローチする取り組みとして、やはり入試制度を少し考えてもよいのではないかとも思っています。
これまでのやり方ではもうだめ
撮影:伊藤圭
—— 日本アカデミアの女性比率は、2020年で17%程度です。最後に、この現状を生み出した要因はなんだと思いますか。
佐藤:大学の運営組織なども含めて、やっぱり社会の仕組み・設計そのものが男社会なのだと思います。だから、そもそも女性に合っていないのに、それを(組織が)認識できていない。
認識していないから改善しようもなかった。
ですので、外圧が要因だったとしても、アファーマティブアクションを続けて、そのバイアスを直さないといけない。
—— 数こそ少ないですが、これまでにも女性の研究者はいらっしゃいました。そういった方々は、男性社会に無理やり適合しながら、道を切り開いてきたと。
佐藤:そうだと思います。ですが、それではもうだめだと思います。
モノカラーの1つの色の人たちが集まっても、1つの方向の成果しか出てきません。色々な方々が、侃々諤々(かんかんがくがく)言い合う中で出てきた「変なもの」が種になって、イノベーションが生まれる。
そういう環境を作っていかないと、日本という国もこれから先、発展できなくなるんじゃないかという危機感をもっています。
(聞き手・三ツ村崇志)
からの記事と詳細 ( 「このままだとどうやっても届かない」東工大の危機感。理事が語る「8部局同時・女性限定公募」の理由 - Business Insider Japan )
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